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――壱。
――総じて言えば。犬走椛は、そう大層な美少女なんかではなかった。
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こたつに入ってぬくぬくと記事を書く。
それが冬場の私のスタイルだった。
しかし、ぬくぬくとしていることがすなわちノンビリかと言えば、そうでもない。
「ああ、文様、いらっしゃったんですか」
声。そして足音。振り返れば、裸足が視界に入った。
「……椛」
ぐでり、としながら、視線をわずかに上げる。
そこには、怒ったような、呆れたような、心配したような、そんな椛の表情があった。
心情がすぐに顔に出る。
素直。
扱いやすい。
椛は、そういう子だった。
「……大会前っていつもこうですよね、文様。いつもこたつで寝て、服も脱ぎっぱなしで」
「優勝することに比べたら、散らかる不快さなんて気にしていられないわ」
記者の顔はしない。
そんなもの、椛に見せるだけ無駄だからだ。
椛は軽くため息を吐き、
「……部屋が汚かったら、新鮮っぽい記事なんて書けないと思いますよ?」
「それもそうね。お願い」
言って、私は再び視線を落とす。
机。
そこには、まっさらな原稿用紙がある。
傍らにはスクラップからまとめなおした草稿があり、インクがあり、ペンがあり、そして私の手がある。
動かない。
文字が生まれない。
ため息を吐いた椛が、私の後ろで、脱ぎ捨てた服をたたみ始めた。
「……行き詰ってるんですか?」
「……そうね」
新聞は、人々に新たな話を聞かせるもの。
人々に真実を行きわたらせるもの。
とは言え、どんな新しい話があっても、どんな予想外の真実があっても、――どんな記事があっても、読んでもらわねば意味がない。
そして、その話の途中で、読者が飽きない工夫もいる。
普段からしっかり考えてはいる。
けれど、ここまで深くは考えない。
――新聞大会。
大きく分けて、三つの部門に分かれた大会だ。
一つは、一年を通して最も評価されるべき記事。
これはもう手の付けようがない。
そして私の新聞では、お上、頭の固いご老人方に受け入れられはしないだろう。つまり駄目。
一つは、最も精力的に新聞を書いた記者。
これも、もう手の付けようがない。
新聞の内容も問われるが、これは情報力がモノを言う部門だ。
いいところまでは行く。その確信がある。
私は、烏天狗の中では、一般レベルの情報力と、最高レベルの速度を持つ。しかし、所詮は一人だ。
だから、人海戦術とも言える情報力を持つ一部の天狗には適わない。
これはギリギリ入賞する程度で終わるだろうな、と思う。
速度のアドバンテージだけでは到達しえない地平があると分かっているけれど、悔しいものは悔しい。
そして最後の一つは、今大会期間に流通する新聞の部門だ。
これは上層部の一存ではなく、広く幻想郷全体で行われる投票によって決まる。
今回私が狙っているのはこの賞で、そして、行き詰っている。
……まあ、裏部門で、最も馬鹿だったニュースとか、最もアホだったニュースとか、連載4コマ部門だとかもあるけれど。その辺りは、考えない。
「は、」
ぁ、と、息を深く吐く。
問題はいくつかある。その中でも最も重大なのが、私のヤル気がないことだ。
「ああ、文様。しわになっちゃいますよ、シャツ」
「いいのよ。取材に行くわけでもないんだから」
不安がある。
私は最速だ。
追いつける者などいない。
けれど、気付かれずに近づく者は?
あるいは、河童の技術、映像記録装置を使って盗み見るだとかは?
こうしている今も、誰かに記事を見られて、それ以上の何かを出されるのではないか、と不安がある。
見られていない。
見られているはずがない。
それでも不安なのは、記事に自信がないからだろうか。
「大会が近いって言っても、まだ大きな事件が起こる余地はありますよ。こうして腐っているより、よっぽど建設的です」
記事を書くでもないのに、ふんむ、と、気合を入れる椛。
その仕草に、少しだけ笑んで、椛を観察。
服をたたみ終えたところで、ちょいちょい、とこたつに手招きする。
「椛は、お馬鹿ねぇ……」
む、と、変な顔をされた。
「そりゃあ、文様よりは頭悪いですが」
思った通りの勘違いをしながら、椛は私の対面に入った。
外が寒いせいだろう。
夏には肩口が見える服の下に、もう一枚服があった。
少し、残念だな、と思う。
「……椛。どうして隣に入らないの?」
「……狭いですよ」
椛は、へにゃりと机に突っ伏す。
私と同じように。
「あったかー……」
散らかった机の上。
その全てに干渉しないよう突っ伏すのは、中々器用だと思う。
何故だかそのへにゃり顔が妙に可愛くて、私は首の向きを変えた。
視線の先には、散らかった部屋と、雪をちらつかせる外がある。
「……冬ね……」
「今年は早いですねー……」
深々。
深々と。
雪が降っている。
「……ん」
椛が、声を出した。
ちょっと暑いのだろうか。ぱたぱたと、耳が動く音が聞こえた。
……ああ。
椛の、そう多くない、美少女ポイントの一つ。
耳が可愛い。
そして、あまり手入れもしていないのにさらさらとした髪。
指を通すと、二つの相乗効果で個人的美少女ランクが急上昇。
「……ふぁ……」
今度は欠伸が聞こえた。
美少女ポイントその二。
心情がすぐに顔に出る。
素直。
扱いやすい。
そして、本人は、自分は真面目で、自分は騙されないと信じている点。
彼女は案外隙があって、私の嘘にすぐ騙される。
つまり、かわいい。
「……ん」
足を伸ばした。
少し汗ばんでいる。
それが触れたためか、椛が小さく声を出した。
彼女は口をへの字に曲げ、
「……文様。記事書きましょうよ」
無視して、足をもう少し伸ばして、縮めた。
スカートの中に、足が這入る。
「……文様、私、帰りますね?」
抜けようとする脚を絡めて、逃がさない。
「あ。ちょっと、文さ、うわ」
尻を引いて、引きずり込んでみた。
こたつ、人を食う。
場末の恐怖小説だろうか。
手だけが、ばたばたと暴れている。
「わ、ちょっと、暑いですってば、文様っ」
温まった脚が、私の汗で少しぬめる。
アキレス腱が細くしまった足首を想起しつつ、それに私の左足首を絡め、さらに右足の下じきにしてロック。
右足は、スカートの奥へ向かう。
「あ、やっ、だ、だから、記事書かないとっ、」
「息抜き息抜き。――よっ」
「あっ、??っ、」
下唇を噛んでいるんだろうな、と思いながら、窓の外を眺め続ける。
足の裏。
やはり汗をかいたそこに、柔らかな、しかし熱をもった塊がある。
足指で挟む。
そのまま爪を立てるように上下。熱は明確になり、そして大きくなっていく。
「い、いけませんよ、文様。ここのところ、毎回、――っ」
言葉は途中で切れた。
私の足の裏で、熱が大きく、硬くなっている。
頷く。
「……体は正直ね、椛」
「ち、ちがっ」
「口はいつも超嘘つきね、椛」
「文様は口先超上手いですね、っ!」
「足も上手いと、」
挟んでいた指を外し、反射的に逃れようとしたその腰、その恥部を覆う布に侵入した。
「思うんだけれど?」
「ああもう超上手いですね――! いやぁ――! こたつに食われる――!」
「たーべちゃーうぞー。……楽しい? そんなにテンション上げて」
「寒気がしてもう駄目です!」
「そう、じゃあ暖かくしてあげないとね」
ずっと窓の外を向いていた視線を、椛に向ける。
右足親指と人差し指で何とかソレを挟みこんで、左足のロックを外す。
尻を引きずられるように、椛がこたつから半分脱出した。
もちろん、ロックは継続。左足なんてところより、もっと重大なところのロックを、だ。
「い、いいです。本当に。遠慮します」
「あら? 私がご奉仕するんですよ? いいんですか?」
「不穏なルビが……遊んであげる、とか聞こえたような……」
「おお、メタいメタい。でもそれは書かれていないので気のせいよ」
嗜める言葉とは逆に、足を少し下に下ろした。
皮の拘束をはがされたそれは、ますます怒張する。
は、と、椛の息が荒くなる。
「文――様――」
ぐる、と、音が聞こえた。
喉が鳴る音。
椛がケモノになる合図のような音。
「椛」
ぐるる。
ぐるるる。
「こたつの中だと、暑いわよ?」
言いつつ、破られないうちに、服をはだけた。
椛の美少女ポイント、その三。
椛は誘惑に超弱い。
●
こたつがブチまけられた。
インクが。ペンが。原稿が、草稿が、こたつごと宙を行く。
熱を帯びていた脚が、外気に触れる。
寒い。
故に、とっくに濡れそぼっていたそこで、椛をくわえこんだ。
こたつを蹴りあげたものだから、椛の体勢は悪く、そして初動が遅い。
だから、騎乗位になった。
と言うか、いつも、騎乗位に、する。
深く吐息。
――脳天まで貫かれる感覚。
まるで焼けた鉄串。
電流抵抗によって全身に熱を生ずる。